OSAKA SEIKEI PRESS

「学校部活動の地域移行」が日本を変える!?
スポーツを軸とした「社会システムの再デザイン」

大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所奥野 史子 / 菅 文彦 / 黒澤 寛己 / 古川 拓也

大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所は、経済産業省の令和4年度「未来のブカツ」実証事業 公募要領 (テーマD:「未来のブカツビジョン」の実現に関するテーマ)の事業者に、昨年度に引き続き採択されました。
「未来のブカツ」ビジョンとは、経済産業省の地域×スポーツクラブ産業研究会での1年半にわたる議論の内容、及び第1次提言(令和3年6月)後に全国10か所で実施したフィージビリティスタディ事業からの成果を踏まえ、とりまとめられたものです。
学校部活動の地域移行」という政策を自己目的化することなく、U15/U18世代のスポーツ環境が抱える課題の解決に向けて、スポーツの社会システム全体の再デザインをめざす取り組みです。
いま社会的に高い関心が寄せられている「少子化による学校部活動の継続困難」や「教員の働き方改革」などの問題解決に繋がると期待されているこの取り組みについて、実施に携わる4名の研究員にお話を伺いました。

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【参加者】 大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所
所長  奥野 史子(大阪成蹊大学 特別招聘教授 /  京都市教育委員会 委員)
副所長 菅 文彦 (大阪成蹊大学 経営学部 スポーツマネジメント学科 准教授)
研究員 黒澤 寛己(びわこ成蹊スポーツ大学 学校スポーツ教育コース 教授)※オンライン参加
研究員 古川 拓也(大阪成蹊大学 経営学部 スポーツマネジメント学科 講師 )
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昨年度(令和3年度)の活動について

昨年度はどのような活動をされましたか?

菅:
活動の初年度である昨年は、大学モデルの形成と検証をおこないました。
「大学モデル」とは、大学の持つスポーツ資源(スポーツにかかわる学生・教員・施設など)を活用して中学校の部活の地域移行を実現しようとするもので、びわこ成蹊スポーツ大学(以下びわこ大)をリソースとし滋賀県高島市を対象に実施しました。
活動は大きく三段階あり、はじめに現状把握・分析のためのヒアリング、次に「学校部活動の地域移行」(以下「部活の地域移行」)の実証実験、そして実施後の課題共有・論点整理のための協議会を開催しました。
「部活の地域移行」実証実験ではびわこ大の学生を隣接する高島市のとある中学校の陸上部とソフトテニス部に派遣しました。

実施してきた中で気づいたことや感想をお話しください。

菅:
1年間実施してきた中で分かったことは「可能性は見えたが実行に移すにはまだまだ課題が多い」ということです。
まずは指導者の問題。部活の数に対して、指導者の数は圧倒的に不足しています。
次にお金の問題。これまでは学校教諭が残業や休日出勤などでごく限られた手当てで賄ってきたものを、今後外部機関を利用するにあたりその費用をどう捻出するのか。実証実験において実施したアンケートでは、家庭での費用負担の許容範囲は月2,500円ほどという結果だったが、それでは外部機関にとって採算が取れません。
さらに安全管理や、生徒の移動の問題も。少子化の影響で部員が年々減少し、何校かの生徒が集まる必要が出てくるためです。この問題は学校が密集している都会よりも地方の学校ほど顕著になります。

このように課題が山積みではありますが、やはり中学校からのニーズは非常に高いです。
既知のとおり、学校教員の仕事は部活動以外にも本来業務や保護者対応に運動会、修学旅行など多岐多様に渡り、教員個人に対する負担が非常に大きい。
各学校ともこの現状を充分に理解されており、協議会に参加いただいた5校の校長先生からは前向きな意見が数多く出ましたし、近いうちに何らかの形で地域移行の具体的な検討に入る必要性を感じておられました。


▲菅 文彦 副所長

古川:
「部活の地域移行」といえば教員への影響が取り上げられることが多いですが、今回の実証実験では部活動に参加する中学生への良い影響もみられました。
多くの部活では通常、専門であるかないかに関わらず学校教員が指導しなければならないのが現状ですが、今回は普段から自らその競技をプレイし知識が豊富な大学生たちが指導にあたりました。
中学生からは「いつもより集中して取り組めた」「指導内容が具体的だった」といったポジティブな感想が寄せられ、非常に高い満足度を得られました。
このように指導者は必ずしも大人である必要はなく、大学生でも質の高い指導が可能であることが分かったことで、大学生指導員が「部活の地域移行」に大きく貢献できる可能性を感じました。


▲古川 拓也 研究員

今年度(令和4年度)の活動について

現在はどのような活動をされていますか?

菅:
2年目となる今年度は対象地域を滋賀県高島市から京都市大阪市に移し、昨年度の成果を踏まえさらに多様なモデル形成・検証をおこなっているところです。

黒澤:
私は今年度からの参加で、現在京都市において「大学モデル」を実施しています。
今はびわこ大の学生と一緒に派遣先である8つの中学校を訪問し、大学生と部活のマッチングを推進しています。

びわこ大には、スポーツ指導やコーチングに興味があり積極的に本活動に参加したいという大学生が、非常に多く在籍しています。スポーツ大学という特性上、各競技の専門性を持った人材をたくさん抱えているということは、他の大学にはない大きな強みです。 また、びわこ大は大河正明学長をはじめ教職員も非常に協力的なお陰で心置きなく活動できています。大学モデルの実現には、組織全体の理解と協力が必要不可欠です。


▲黒澤 寛己 研究員

奥野:
私も今年度からの参加ですが、このたびの京都市での実施については京都市教育委員会において大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所との連携を提案していましたので、実現に至ったことをとても嬉しく思っています。

京都市は市長も非常に積極的で、前回の京都市総合教育会議の場でも「部活の地域移行」の促進に市長からの大号令がかかったほど。現在は副市長を中心に推進チームが動いています。
「学生の町」と言われるほど学校が多い京都において、学校と連携を進めていくにあたりどのような形が最適なのか。市としても模索していたところにびわこ大、大阪成蹊大学(以下大阪成蹊大)が加わることで大きく前進しましたし、市と大学、双方にとって良い機会になったと思います。

これからも多くの学生に学んでもらいながら地域と二人三脚でやっていけたらいいですね。そして多くの方にびわこ大、大阪成蹊大に興味を持っていただけるきっかけになればなお嬉しいです。


▲奥野 史子 所長

菅:
大阪市教育委員会でも「部活の地域移行」は積極的に取り上げられていますが、大阪市では地区ごとの社会経済状況の差が大きく、京都市のように一律に「大学モデル」をベースにするのとは異なるアプローチを考えています。
地域のスポーツクラブや企業の人材の副業など、全く違ったリソースの活用で、現状4パターンほどで検証を進めています。

古川:
前年の対象地域であった高島市とは異なり、大阪市には大都市圏特有の問題がたくさんあり、さらに地域によってさまざまな問題を抱えています。 例えば急激に人口が増加したがオフィス街のため校庭の土地が確保できない地域や、反対に住宅街で土地は確保できるが少子化が進んでいる地域もある。また、隣り合う学校でも規模の大小に差があったりもします。
そのような個々の事情を解決しうるモデルを模索し、市に提示できるよう試行錯誤しています。

また、どんなパターンにおいても共通の問題ですが「事業の採算性」がさらに重要になってきます。大阪市ではなるべく保護者の費用負担は増やさないようにとの強い方針があるため、行政・民間団体・企業などとの関わりがどうしても必要となってきます。
とはいえ家庭負担がゼロとなると相当厳しいので、昨年の高島市の実証実験において導き出した「家庭負担の許容範囲額=2,500円」という数字含め、可能性を探っているところです。

奥野:
地域によって異なる事情を把握してモデルケースとして構築し、各地域で活用するためのベースを作るためには、とにかく多くのパターンで検証することが必要となりますし、多方面の理解・協力も必要となってきます。
ゴールがはっきりしていないのも、またそれぞれの地域ごとにゴールが違うのもすごく難しい。

菅:
あらかじめ用意された完成図もなくパーツもそれぞれの地域で異なるため、あるもので作るしかない。何ができるのかもわからない暗中模索の状態の中でとにかく試行錯誤を繰り返し、形をつくっていくしかない。そこが大都市の難しいところですね。

奥野:
今後はこうして地域で作り上げたデータを国に提示し、国と地域とで促進するために擦り合わせが必要になるかと思いますが、この事業にかかわる人たち皆が共通して持っているような問題点でさえ、まだ国に提示できるほど具体的な形にできていないものもあるというのが現状です。

古川:
現在、文部科学省、スポーツ庁のほうでもモデルケースの構築に取り組んでいるので、今後はモデルケースについての議論に進んでいくのかなと思います。
共通の問題点がある中、さらに走りながら問題点を浮かびあがらせて共有してゆくことになりそうです。

学校サイドとしても子どもたちがいる中で、なかなかチャレンジングな取り組みは行いづらいというジレンマもありますし、理解を得るために学校や地域の皆さんと調整を図りながらやっていく必要があるのでそこも大変です。

奥野:
「部活の地域移行」は社会全体にとっても非常に大きな課題なのですが、だからこそ上手く回りだした時には日本のスポーツ界が動くほどの大きな可能性を持っていると思います。

黒澤:
現在、中学校では、顧問や指導者人材の不足に加え、生徒の減少による部員不足という”負の連鎖”が起こっています。そこに「部活の地域移行」が、昨今問題が取り沙汰されている「教員の働き方改革」の政策的課題としてにわかに急浮上してきて、関係者の誰もが右往左往している状態です。

しかしその中で、我々が高島市の実証実験において初めて「家庭での費用負担の許容範囲は月2,500円」という具体的な金額を出すことができたのはとても大きな成果だと思います。いまはその金額を目安として各所でより具体的な議論が交わされるようになりましたから。

古川:
また、現段階では仮説ではありますが、「部活の地域移行」は学校教育全体へのメリットも期待できます。
コロナ禍で休部期間中のことですが、教員たちが普段部活の指導に充てていた時間を教材研究に充てることでより良い教材の追加や質の向上などに繋がり、授業の質を上げることができたそうです。教材がよくなることで生徒の集中度が向上し、結果として教育の質も向上しました。
部活が教員の手から離れることで教育の質の向上にも効果があるのではと考えています。

黒澤:
個人的には、学校文化として定着した部活動の教育的価値は残しつつ、学校単体での運営が難しい部活については民間のスポーツ団体や地域のスポーツ協会がサポートしていくといったような、「大学アウトリーチ型」をひとつのモデルとして構築できたらいいなと思っています。

「大学モデル」の応用といった感じですが、私はもともと京都市の教員でしたので市とも話しやすいし、奥野所長も京都市教育委員を務めていらっしゃるので信頼関係も厚い。さらに大阪成蹊大もびわこ大も、京都市と連携協定を結んでいるという実績もあります。そういう強い結びつきの中でより良い形を作り上げていきたいです。

将来的な展望について

最後に、みなさんの今後のビジョンを聞かせてください。

古川:
私は大きくわけて3つあります。
一つ目は「子どもたちの放課後活動の改革と学びの質の向上」。
放課後のスポーツ活動や文化活動に対する時間の使い方が変わることにより、学びの質の向上や学び方の改革にも繋がることを期待しています。

二つ目は「スポーツの多様性」の確立。
スポーツに取り組むからといって、誰もがオリンピックを目指さなくていいんですよね。
もちろん選手育成も大切なのですが、老若男女生活スタイルそれぞれの「スポーツへの関わり方」として、いろんなレベルの楽しみ方=スポーツの多様性があっていいと思います。
この考え方が広がると、日本のスポーツのあり方が変わるのではないかなと思っています。

三つ目はスポーツを通じた「まちづくり」。
「部活の地域移行」にはもちろん地域目線も必須で、地域ぐるみで子供たちの放課後活動をより良くしていくのがポイントとなります。今後は街としてどういう仕組みが必要なのか、どういう人たちの協力が必要なのかが議論になってくると思います。

菅:
私は日本人の固定化されたスポーツ観が変わればいいなと思っています。現在の学校部活はスポーツというより訓練のような一面もありますが、スポーツは本来いつでもどこでも誰とでも気軽に楽しめば良いものであって、組織の枠にはめられる必要はないのです。
本来のスポーツとの関わり方が広がり、生活の一部としてスポーツが定着し、誰もが生涯スポーツを楽しむ中から自然とアスリートが生まれてくればいいと思っています。

黒澤:
私は生涯スポーツの基盤づくりに中学校の部活が役立てばいいなと思っています。
中学校部活における友達や先生たちとの部活運営を原体験に、その後の高校や大学、また生涯を通じて競技をプレイするだけでなく運営や応援など、幅広くスポーツに関わっていくことが理想です。

反対に、これまで部活動で担っていた競技スポーツの発展や選手育成については、連盟などが主幹となりコーチや強化拠点、制度などを整えてジュニアからシニアまで一環したシステムをつくる。 「部活の地域移行」が、生涯スポーツと競技スポーツとの棲み分けのスタート地点になればと考えています。

奥野:
日本の教育界では今、全国的に「開かれた学校づくり」を進めていますが、現状としてはそこまで地域に開かれておらず、関心を持っているのは子育て世代くらいであるのが現実です。
「部活の地域移行」もこれと同じで、多くの市民に学校、そしてスポーツを理解してもらいみんなで作り上げていくことが不可欠ですし、そうならなければ成功しないと私は強く思っています。

逆に言うと、「部活の地域移行」はスポーツをコンテンツとして学校からの発信で地域を結びつけることができる可能性を秘めています。スポーツが地域の活性の一助となりうる、とても意義のある取り組みですし、また社会全体が抱える複数の問題解決へ発展する可能性も充分にあります。
社会はもちろん、本研究を進めるにあたりご協力いただいている多くの皆さんにも還元できるよう、これからも私たち研究員はもちろん、大学教員、職員一丸となって頑張っていきましょう。

【参考】

大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所
https://univ.osaka-seikei.jp/education/lab/sports_innovation/

経済産業省「未来の教室」:大学リソースを活用した部活動の地域移行の受け皿整備の検証(大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所)
https://www.learning-innovation.go.jp/verify/b0135/

PROFILE

■奥野 史子(おくの ふみこ)
京都市生まれ。同志社大学大学院修了。
バルセロナ五輪シンクロナイズドスイミング(現:アーティスティックスイミング)銅メダリスト。
1995年に現役引退後はスポーツコメンテーターとして各種メディアで活動。
日本水泳連盟アスリート委員も務めるほか、小児がんと闘う子どもや家族の支援団体への協力など社会活動にも取り組む。

京都市教育委員会 委員。ほか文部科学省中央教育審議会委員などの公職を歴任。
2015年よりびわこ成蹊スポーツ大学客員教授。
2022年より大阪成蹊大学スポーツイノベーション研究所 所長に就任。

■菅 文彦(かん ふみひこ)
ドイツ生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了。博士(スポーツ科学)
専門はスポーツ経営論、スポーツ施設マネジメント、スポーツと地域活性化。
スポーツクラブが地域に及ぼす経済社会的効果や、スポーツ実施・観戦による住民の心理的効果の検証を行う。

経済産業省・スポーツ庁「多様な世代が集う交流拠点としてのスタジアム・アリーナ選定」審査委員などを務める。

■黒澤 寛己(くろさわ ひろき)
京都市生まれ。同志社大学大学院、兵庫教育大学大学院修了。
博士(政策科学)、教職修士(専門職) 。
専門は、スポーツ教育学、スポーツ政策学。
1992年から京都市立高等学校教諭として勤務。その間、柔道部、弓道部、陸上競技部の顧問を歴任。
京都府高等学校体育連盟の調査研究委員を務めた。

現在、びわこ成蹊スポーツ大学教授、ハンドボール部長。
滋賀県地域部活動推進事業アドバイザー。

■古川 拓也(ふるかわ たくや)
東京都青梅市生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士課程修了。修士(スポーツ科学)。
専門はスポーツマネジメント、スポーツ政策学。
特に学校運動部活動政策に研究の関心を持つ。

大阪市部活動のあり方研究及び地域移行に関する有識者会議委員を務める。