日本のデータサイエンスの先駆け的存在である日本IBM社に勤務する傍らデータサイエンティスト協会に所属し、社内外を問わず多くのデータサイエンティスト育成に関わってこられた服部氏。
データサイエンティストとはどのような職業なのか?データサイエンティストになるために必要な力や考え方とは?データやAIに関わる仕事に興味がある高校生・大学生におすすめしたいことは何か?
その豊富な経験に基づいたお話を聞きました。
データサイエンティストになったきっかけを教えてください。
もともと今の会社にはコンサルタントとして就職したのですが、その動機も「コンサルってなんかカッコいい」くらいの理由だったんです。
データサイエンスに興味を持ったのは入社後で、コンサルティングを行う中でデータ分析を扱う案件に関わったのをきっかけにその楽しさに目覚め、データサイエンティストを志す形に方向転換しました。
データサイエンスとはどんなものか、身近な事例やこれまでに関わった案件を教えてください。
たとえばスーパーで夕方に値下げシールが貼られますよね。あの値下げ価格は、先進的なスーパーではAIによって決められています。 「どの時間帯にどういった年齢や性別のお客様がどのくらい来店するか」といったデータをAIが分析することで、売り切れやすい値段を算出することができるというものです。 商品が売れることはもちろん、業務面の負担も軽減にもなりました。
また、自動販売機にもデータサイエンスが活用されています。 たとえば工事現場の中にある自販機ではコーヒーのショート缶がよく売れ、一方オフィスビルにある自販機ではペットボトルのコーヒーがよく売れる…とか、立地条件や気温などで売れる商品って変わりますよね。 蓄積されたデータをもとにAIが予測を行えば、より効果的な商品の補充を行うことが可能となります。
こういった事業面の課題だけではなく、組織経営の課題にアプローチすることもあります。
ある自動車メーカーでは、設計図を描くための非常にハイスペックで高価なPCが全社員に支給されていましたが、本当に全員がそこまでハイスペックなPCを業務で必要としているのか?という疑問をお持ちでした。
そこで社員のCPU使用率をデータ化し、「この人はPCをフル活用できている」「この人はもう少し一般的なスペックの安いPCでも大丈夫そうだな」「逆にこの人にはもっとハイスペックなPCが必要そうだぞ」といったことを割り出して、 結果的に経費の削減につなげることができたという案件もありました。
社内外でのデータサイエンティスト育成ではどのような事をされていますか?
社外での事例
最近は様々な企業から自社の中にデータサイエンティストの社員を抱えたい、データ分析専門の組織を立ち上げたい、といった要望が増えています。
私はそういった課題に対し、研修の提供や組織立ち上げのためのコンサルティングを通してデータ人材を育成するサポートを行っています。講師として育成に携わったのはここ3年でのべ100人くらいです。
育成を担当する方のほとんどは、「自分はもともとデータ分析の専門ではないが、AIの知識を身につけてスキルの幅を広げたい」と仰るケースが多いです。 そういった方に対しては、まず統計学の基礎知識やグラフの読み方…といった基本的なところから始めます。
分析ツールとしても、最初はエクセルから入り、徐々に専門的なツールやプログラミング言語を習得していきます。 といっても高度なプログラミング技術というわけではなく、やはりある程度言語がわからないと実際にAIの中身がどのように動いているかイメージがつきにくいですから、そのための基礎知識を身につけるといった感じです。
こうして育成を担当したみなさんが実際に社内で「データサイエンティスト」という肩書きになるかは別として、「AI分析に理解があって、課題解決をリードしていく人材」として活躍していただけるようサポートしています。
社内での事例
またIBM社内では、入社1~2年目の社員が配属される”データサイエンティストとしての下積み”をする組織のマネージャーをつとめていて、若手社員の育成や新人研修の講師などを担当しています。
その育成組織で新入社員からよく聞かれるのが、「自分はプログラミングや数理統計を専門に勉強してきていないのですが、大丈夫でしょうか」ということです。
私はそれに対し「データサイエンティストに求められるスキルの幅は非常に広いので、そんなことは全く問題にならない」と伝えています。 逆に「分析の仕事だけをやりたい」と言っている人がいたら、「それではデータサイエンティストとしては全然足りないよ」とも伝えます。
データサイエンティストに必要なスキルとはどんなものでしょうか?
データサイエンティストは、お客様の課題を見つけ、分析した結果を実際の業務で使っていただいて初めて意味が生まれる職業です。 そのため、お客様としっかりコミュニケーションをとりながら「このあたりに困り事がありそうだな」ということを察知し、それを分析で解決できないか、一緒になって課題に取り組んでいくことのできる「人間力」は非常に重要だと思います。 加えて、導き出した分析結果をわかりやすく説明し、それがどのように業務に活かせるのかを提案して納得してもらうためのプレゼン力も必要ですね。
どんな人がデータサイエンティストに向いていますか?
採用面接の面接官をすることもあるのですが、その際私は、「どんな分野を勉強してきたか」よりも、「”地頭”=”考える力”を持っているかどうか」を重視しています。
ではその地頭はどうやって磨くのかというと、まず何か一つのことに熱中することが大切だと思います。
それは勉強でなくてもいいんです。 音楽でもスポーツでも何でもいい。 特に学生時代に何かにのめりこんで没頭した人は、きっとその事についてたくさん調べたり、実践したりしてきてますよね。そういった経験を通して、色々な側面から深く考える力が育つと思っています。
もう一つは、周囲の人とコミュニケーションをたくさんとること。自分の調べたことや好きなもの、知ってほしいことについて、相手の反応を見ながら人に説明しようとする経験は、仕事でも必ず役に立ちます。
文系の人材がデータサイエンティストをめざすのは難しいですか?
私自身も大学では経済学部で学んでいましたから、基本的に文系出身の人間です。 計量経済学、簡単に言うと経済学+統計学みたいな分野を専攻していたので基本的な素養は身につけていたものの、プログラミングや理系の専門的な知識に強いわけではなかったんです。
なのでそれとは別のところ、たとえばコミュニケーション力であったり論理的思考力であったり・・・そういったところを含めて生き残っていこうと考えました。 理系の専門的な知識や高度な技術よりも「総合力」で勝負してきたという感じです。そういったスキルには、文系か理系かは関係ないですからね。
データサイエンティストの仕事の価値は、難しい分析の手法を駆使することではなく、お客様に利益が出ることです。 目先の分析を組むことだけに一生懸命にならず、目線を上げて視野を広く持ち、「このデータは経営的にどんな価値をもたらすことができるのか?」を常に考えるようにしています。
もちろん分析手法を鍛錬することは必要なので、日々勉強はします。ただ本番のビジネスでは、「なるべく簡単で、インパクトが出るやり方」というものが大事だったりするんですよね。
データサイエンティストにも色々なタイプがいて、「プログラムを書いている時間が一番幸せ」みたいな数理統計のオタク的な人もいるわけですが、ただそういう人だけではこの仕事は成り立たないですよね。 プロジェクトではチームを組んでやるので様々なタイプのデータサイエンティストがいてもいいとは思いますが、少なくともIBMでは「分析ができるだけの人」は要らない、という方針があります。
社会におけるデータサイエンス人材の需要について、現場から見てどのように感じていますか?
社会におけるデータサイエンティストの不足、IT人材の不足がよく聞かれますが、実際に需要は非常に高まっています。
弊社でもデータサイエンティストを採用する際にはコンサルタントやエンジニアを採用するよりもかなり良い条件を出して採用しようとするくらい、企業間のデータサイエンティストの獲得競争は激しくなっています。 企業が持つデータの数が膨大になり、コンピュータのスペックが高くなるにつれ、世の中で「データやAIで解決できる課題」がどんどん増えていることが背景にあります。
私がこれまで仕事で関わってきた中で、いわゆる大企業の8割近くは社内になんらかのデータ専門の組織を持っているように感じますし、 人手が足りずにそこまでは至っていない中小の企業も含めて、今はどの企業もデータサイエンス人材を必要としていると言い切っていいでしょう。 数字、データはビジネスの共通言語ですから、データサイエンスのスキルがあれば、どの業界や企業でも活躍できると思います。
ただ、大きな企業だと組織の中にたくさんの人がいるので業務が分担されますが、そうでない企業でDXを担当するとなると一人で最初から最後までやることになりますから、余計に先ほどの「総合力」が必要になりますね。 そういう時はぜひIBMにご相談ください(笑)
データサイエンティストという仕事の面白さは?
データサイエンティストは、仕事の幅が広いところがやはり面白いです。 たとえば課題解決の一環としてアプリケーション開発に発展すると、エンジニアをまじえて一緒に進めていくことになりますから、コンサルからアプリケーションの中身の開発の技術的なところまで幅広く関わる形になります。
また、私のようなコンサルティング会社のデータサイエンティストと、事業会社の社内データサイエンティストではまた働き方も大きく変わってきますし、 「これがデータサイエンティストの仕事」という決まった型が無いのもデータサイエンティストの面白いところだと思います。
データサイエンティストとしてやりがいを感じる場面は?
優等生的な回答になりますが、やはり「お客様に喜んでもらえた時」ですね。ある案件を担当した数年後に、「あの時助かったからまた頼むよ」というような形で受注が入った時などはひときわ嬉しいです。
あと、夢のない話になるかもしれませんが、私の仕事の会社からの評価は受注できたプロジェクトの売上で大半が決まります。お客様に喜ばれて継続の契約が入れば会社からも高く評価されますから、やっぱりそこはやりがいを感じますね(笑)
大学生時代からデータサイエンスを学ぶことによって、社会に出た時にメリットはありますか?
ここまでもお話ししてきましたが、データサイエンティストの仕事は一言で言うと「データ分析を武器に課題を解決すること」です。 ①お客様やユーザーの困り事を見つけ出す→②データを分析して解決策を考え出す→③お客様に提案して納得してもらう、この3つのステップの繰り返しです。
私は、利益を出すまでがデータサイエンティストの仕事=「ビジネスを動かしてなんぼ」と考えています。
データサイエンティストは学生時代の専攻内容に関わらず活躍することができるとお伝えしましたが、もし学生の間にデータ分析をビジネスに落とし込む実践的な手法を学ぶことができれば、それは間違いなく将来のアドバンテージになるでしょうし、 即戦力として期待できる人材となれると思います。
ただ、情報系や理工学系の学部の中には、理論研究、それもビジネスで実践的に使えるものとは異なる内容をメインで学ぶところもあるので、将来データサイエンティストを志すのであればぜひ学びの内容はしっかり確認してください。
余談ではありますが、大阪成蹊大学データサイエンス学部で開講される「未来クリエーションプロジェクト」は、学生同士でチームを組んで、企業を相手にまさにデータサイエンティストの仕事の3つのステップを体験できる授業になると聞いています。 私自身も現役データサイエンティストとしてこの授業に関わらせていただく予定なので、データサイエンティストを志す学生の皆さんの力になれることをとても楽しみにしています。
※記事内容や所属は取材当時のものです。