OSAKA SEIKEI PRESS

阪神・淡路大震災の体験を「教訓」に ―
産官学で取り組む防災研究とは?

大阪成蹊大学 経営学部 教授大島 博文

30年前の1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災。
日本列島はさらにその後も、東日本大震災や、熊本地震、そして能登半島地震と、大災害に襲われましたが、思えばあの年が、防災意識の転換年だったのではないでしょうか。
当時、神戸市役所の防災担当だった大島教授は現地で被災者支援に奔走。そのリアルな体験が、現在の専門分野につながったと語られます。
今後予測されている南海トラフ地震をはじめ、大災害に備えていくためには?戦後最大の大震災から30年の節目に、災害対応の最新研究について大島教授にお話を伺いました。

専門分野について教えてください。

「公共経営」・「都市政策」・「地域防災」です。
まず、「公共経営」というのは、まちの魅力を高めていくために必要な市町村の政策やまちづくりの在り方を考える研究です。たとえばスポーツや音楽を活かしたまちづくり、子育て支援政策などになります。
「都市政策」は、「公共経営」と似ていますが、これは大阪のような都市部での人口過密や環境問題など都市特有の課題以外に、国際化が進む中でのインバウンド客の増加など、都市が発展するために必要な政策を考える研究です。
そして「地域防災」も専門分野の一つです。関西では30年前に阪神・淡路大震災があり、そのとき、神戸市の防災担当職員として災害対応や復旧・復興にあたったことが研究のきっかけです。

近年でも大阪北部地震が発生し、今後も都市直下型地震のリスクがあります。また、30年以内に80%の確率で起こるとされる南海トラフ地震では、津波や建物の被害、経済的なダメージなどが危惧されています。対象とする地域を決めて、地震をはじめ台風や風水害などこれからの大災害に備えていくために、どのような取り組みが必要かを研究しています。

研究に至ったご経験やいきさつを詳しくお伺いできますか?

私は自治体職員として、30年間さまざまな業務に携わってきましたが、中でも最も印象的で、その後の人生観をも大きく変えたのが、1995年の阪神・淡路大震災でした。
当時、防災対応部門にちょうど在籍していて、自身も神戸市東灘区(六甲アイランド)に住んでいました。縦揺れと横揺れに同時に襲われる地震を直接体験したわけですが、すぐさま普段乗っている電車で市役所へ向かおうと思ったら、なんと橋桁が海に落ちてしまっていました。それで車で。当然、道路もうねり、まともに走れる状態ではなかったのですが、ガタガタ、ガタガタと走らせ、なんとか市役所へ辿り着きました。
その後は3カ月以上、段ボールで寝泊まりしながら、災害対応や復旧・復興に携わりました。この公私に関わる強烈な震災体験が、現在の研究の出発点となりました。

このとき身を持って痛感したのは、まちを安全に復興させていくためには、防災やまちづくりに対する長期的な視点が必要だということです。
これを機に市職員のかたわら研究所や大学に通い研究を進めました。そこで新しい防災対策や復興計画などを実現していく中、神戸市に限らず多くのまちに共通する課題だと、解決策を考える意義を感じ、専門分野としました。

現在、防災につながる研究テーマには、どのようなものがありますか?

1つは「リスクコミュニケーション」です。
「リスクコミュニケーション」とは、あるリスクについて情報を共有したり、意見を交換したりしながら相互理解を深め、信頼関係を構築することです。
関係者間でのリスクの捉え方は、それぞれ職業や立場で異なります。平時はそれでも対応できますが、有事の際には、みんなで協力し合わなければ対応しきれません。そこで、京都大学防災研究所が開発した災害対応検討ゲーム「クロスワード」を活用して、発生しうるリスクやその管理に対して仮想体験し、理解し合うことで、いざというときに力を合わせられることができないか、といった研究をしています。参加者は、カードに書かれた事例を自らの問題として捉え、「YES」か「NO」で自分の考えを示すとともに、意見交換を行いながらゲームを進めていくというものです。

もう1つは「エリア・ファシリティマネジメント」です。
「ファシリティ」とは、土地、建物、構築物、設備などあらゆる施設環境を指します。つまり、地域にはたくさんの施設がありますが、有効活用されていなかったり、老朽化したりして、良好な状態に保つことが難しくなっています。ではどうすれば?と、「エリア・ファシリティマネジメント研究会」を立ち上げ、自治体だけでなく、土地・建物の所有者や企業・テナントなど経営ノウハウを持つ企業や大学、各種団体の事業者など地域の関係者が、それぞれが持つ資源を共有化して、有効活用したり、まちの発展につなげたりできる地域の価値向上や課題解決方法を研究しています。

この研究で期待されることや、目標とされていることは?

「リスクコミュニケーション」では、たとえば、私の大震災時の実体験による事例から「5000人が避難している避難所に3000人分のお弁当しか届かなかった場合、まずは3000人分配りますか?」という問いにメンバーには被災経験者も入って「YES」「NO」で答えてもらい、各自の考えを話し合うということを行っています。

配るという「YES」の理屈、配らない「NO」の理屈があって、やはり一人ひとり置かれている状況とか立場で考えがまるで違うので、正解はないわけです。
そこを研究しながら、危機管理のようなマニュアルを作るにしても絶対的なものではなく、判断の支援になるような考え方を示すことができるよう研究しています。
具体的には、近年可能性が高まっている大災害(南海トラフ地震、首都直下型地震)が起こった際、公助だけでは対応できないことから自助や共助に活かしてもらうことです。自宅を耐震化したり、備蓄を行ったりするきっかけは、リスクを正確に理解することだと思います。また、隣近所の方と助け合いながら救助や避難所運営などを行う共助につながるとも考えています。

一方で「エリア・ファシリティマネジメント」については、自分たちが住む大好きなまちを良い状態に維持し発展させるため、市民、企業、自治体が協力し合うきっかけになると考えています。

たとえば本学と連携協定を結ぶ池田市では、多くの企業や団体と連携するために「SDGs推進プラットフォーム」を設けていますが、その分科会として私が座長を務める「エリア・ファシリティマネジメント研究会」を設置し、池田市をはじめ市内を中心とした企業や団体の皆さんに集まっていただいて、市内の施設(ファシリティ)を有効活用するための研究を進めています。ここで提案された政策は、各所の協力を得て実践につながっています。
また、同市にある五月山公園にある「市営五月山動物園」のリニューアルに合わせて、ここで飼育されている日本では珍しい動物「ウォンバット」をイメージキャラクターにして、同市の魅力向上やこれまでにない機能を持たせるために、近隣の施設も含めた有効活用のあり方を研究しています。本研究会のメンバーや池田市が協力して、リニューアルのために閉園中の動物園を仮想体験できる「ARグラスアプリ」を活用した市民向けふれあい体験を実施したり、研究会メンバーである飲料メーカーの自動販売機の売上金の一部を活用して、動物園の整備事業などに役立てる取り組みなどが行われています。

私の授業は、学内だけでなく学外で行われることも多いのですが、その一つ「公共政策フィールドワーク」では、大学で研究していることが、学生たちと、もっともっと地域に飛び出して、幅広い方々と交流することで、個人では乗り越えられない課題を少しでも解決する方向に進めばと、考えています。

阪神・淡路大震災から30年の節目として、防災への具体的な取り組みはありますか?

はい、災害時には備蓄品はもちろんのこと、情報取得も欠かせません。
本学は「ソフトバンク社会貢献プログラム 産学連携プロジェクト」に参加しているのですが、昨秋ソフトバンク株式会社の紹介で、池田市役所の方もお招きし、LINEヤフー株式会社の特別講義を実現しました。さらに池田市では、阪神・淡路大震災発生から30年目の今年1月に防災・減災に向けた課題解決を目的に「いけだ防災フェア」が実施されたのですが、当日は本学の学生も私と参加し、LINEヤフー株式会社の防災啓発コンテンツ「ヤフー防災模試」や「スマホ避難シミュレーション」を体験しました。ここで私が実感したことは、通信手段の劇的な進化です。

しかも、今や広く利用されている「LINE」の誕生は、2011年の東日本大震災がきっかけだったといいます。当時、被災地のインフラは壊滅状態。電話もメールも機能せず、不安を抱えている人たちを見て「“緊急時のホットライン”として電話回線を使わないメッセージアプリを作ろう」という想いから一気に開発が進み、2011年の6月にLINEサービスが開始されました。これにより、迅速・正確な防災情報を得られるようになったことはいうまでもありません。

ただ、こうした防災アプリもスマートフォンの操作さえ不安のある高齢者にとっては使いこなすことはなかなか難しいもの。そこで同イベントでは、地域の防災速報をLINEで受け取り、早め早めに行動するためのインストールの仕方や使い方を本学の学生たちがガイドし、サポートしました。それが高齢者と若い世代の交流の場ともなり、学生たちにとっても貴重な体験となったようです。

1995年、国内初の震度7を記録した阪神・淡路大震災は、ちょうど戦後50年目に起こっています。それから16年後、2011年に東日本大震災が発生しましたが、当時は原子力発電所での事故は「一億分の一の確率」とされていたにも関わらず、原子炉の冷却機能を失い多くの方が長期間にわたり避難を余儀なくされている。何を言いたいかというと、滅多に起こらないとされる過去の最悪の出来事にも怯えるだけでなく、未来の教訓にして、いつ起こるともわからない大災害への防災・減災に取り組むことが必要であり、こうしたことにあらためて目を向けるうえで、節目の年には意義があるということです。

これから、公共政策コースがめざすビジョンは?また公共政策に興味を持つ学生にメッセージをお願いします。

国においても、大学を「知のプラットフォーム」と位置づけているように、本学も、自治体や企業、住民の皆さんが本学に集い、共に地域のことを考えるプラットフォームとして機能していくことが期待されています。
本学は大阪市内にあり、周囲には、たくさんの企業や自治体、NPOなどの団体が多数存在し、協力し合う環境が十分に整っていますから、自治体や企業、住民の皆さんとの具体的な連携を、さらに進めていきたいと考えています。そうすることで、自治体や企業、市民からも課題解決のために頼られる、本学が地域にとって必要とされる存在にもなれるはずです。

これらの研究分野に共通することは、自分たちが住む大好きなまちや人々の安全や財産を守ったり、未来に向けて発展するように考えたりするとともに、考えたことを市町村などに提案して取り入れてもらって、実現することで、まちの発展に貢献できるという点にやりがいや醍醐味があります。本学なら、吹田市や豊中市、摂津市など近隣の市町村と連携協定を結んでおり、授業やゼミで各市町村のトップ(市長)に直接提案を行う機会にも恵まれています。

公共政策という言葉を聞いて、すぐに具体的なイメージを持つのは難しいかもしれませんが、要は自分たちが大好きな人々やまちを守り、発展させていくことを考える分野です。困っている人の役に立ちたい、まちをもっと良くしたいと考えている人には、最適の分野だと言えます。多様な学びや体験を通して、市役所、消防、警察など公務員をはじめとして、福祉・医療、鉄道会社、金融機関、まちづくりコンサルタントなど、幅広い分野で活躍できる夢が広がります。人々やまちに貢献できる道につながる「公共政策」について、共に楽しみながら学んでいきましょう!


▲官学連携活動の一環として、防災ガイドやカードゲームの自主制作をはじめ、連携協定を結ぶ摂津市の広報紙「広報せっつ」では、特集記事の企画・作成も。

PROFILE

大島 博文(おおしま ひろふみ)
神戸大学 大学院経済学研究科 後期博士課程単位取得満了 修士(経済学)。
株式会社住友銀行、神戸市役所、神戸都市問題研究所等を経て、2019年4月より現職。学位論文・著書多数。所属学会:日本地方自治研究学会(常任理事)、地方行政実務学会(理事)、自治体学会、日本人口学会、公共政策学会、日本都市学会、公職:豊中市市民公益活動推進委員会会長など。